純粋なまでの残酷さ / フィリップ・ガレル

 2001年。フランスの巨匠ガレル監督の本作は、「P・ガレル監督自身が、60年代末に運命的な出会いを果たしたヴェルヴェット・アンダーグラウンドの歌姫・ニコとの愛の日々をモノクローム映像で綴る」という自叙伝的な映画。とにかく仕掛けが凄い。まずこの映画は、「映画を撮る男女」を描いている。つまりこの映画の中に、映画の主人公たちが撮るもうひとつの映画が混入する。この映画の主人公は、ヘロイン根絶を訴える映画を撮ろうとする。彼は街角で出会った女性と恋に落ち、彼女をヒロイン役として映画を撮りはじめる。なぜ監督役の主人公がヘロイン根絶を訴える映画を撮ろうと思ったのかといえば、彼が昔付き合っていた女性が、かつてヘロインで死の世界に落ちていったからだった。つまり、ガレル監督は(この映画の中の)監督役の主人公に自分を託しているのだが、それと同時に、主人公本人が、現在のガレル監督の立ち位置になっているのだ。
 
 また、映画の中では、結局、ヘロイン根絶を訴える映画でヒロインを演じている女性が、実際にヘロインに手を染めて皮肉な結末を迎える。ここにガレル監督の身を切るような「ヘロインに対する恨みと畏怖」を見た。つまり、ヘロイン根絶を訴える映画を撮っている人間がヘロインに負けるという皮肉な結末を描くことによって、破滅と恍惚が表裏一体となったヘロインの魔力を、まざまざと観客に見せつけるのだ。主人公の監督役は現在のガレル監督の立ち位置であるのだが、彼がヘロインに恋人=ヒロインを奪われるを描くことによって、逆にガレル監督のヘロインに対する切なる執念を見せつける結果となった。まずは現実と虚構を巧みに操作して鮮やかにメッセージを伝えるその手法に拍手を贈りたい。でも、その巧みな操作が緻密であるがゆえに、逆に、ガレル監督の若かりし日々への複雑な想いと執念が滲み出ていて、思わず言葉を無くしてしまうのだ。とにかく観てください。

82点

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