戦争のはらわた / サム・ヘキンパー

 1977年の作品。これもニコニコ動画に転がっている。文句なしに大傑作の戦争映画といえるだろう。複雑な心情描写、リアリティのある戦闘シーン、そしてサム・ヘキンパーお得意の斬新な編集技術。3者が見事に協奏して映画を織り上げている。多くのハリウッド映画では決してなしえない、ドラマとアクションの奇跡的な両立。おそらく戦争映画史上3本の指に入るのではないか。

 注目したいのは、ラスト近辺のシーンだ。シュタイナー伍長(ジェームス・コバーン)は自分の小隊を裏切った兵士をひとまずぶち殺し、続いてシュトランスキー大尉も殺すかと思いきや、そうはしなかった。この絶妙なバランス感覚が、本作品を象徴している。もしシュタイナー伍長が裏切った兵士を殺害することを思いとどまったならば、「人命の尊さを訴えかける」という道徳心を慰撫する安っぽいハリウッド・ドラマ仕立てのエンディングになってしまっただろう。しかし同時に、もしシュタイナー伍長がシュトランスキー大尉を殺してしまったならば、「暴力が連鎖する救いのない現場としての戦争」というこれまた安っぽいエンディングになってしまったはずだ。

 暴力は時に連鎖するし、連鎖が途切れるときもある。裏切り者の下っ端の兵士がひとまずぶち殺されることによって人々はカタルシスを得る。続いて、暴力の連鎖が途切れた最後のシーンに、人々は胸を打たれ、「かっこいい」「名シーンだ」と感想を漏らす。しかし、サム・ヘキンパーは、笑い声を被せることによって人々の「感動」すらもあざ笑ってしまう。

 いかなる意味においても、戦場に「感動の物語」など存在しない。また同時に、「戦争はただ絶望的なものだ」というわけでもない。戦場すらひとつの「社会」なのだから、そこには、ときに暴力的でときに理性的な、気まぐれな人間の振るまいが存在するにすぎない。これは、美談と絶望の両者を抱えて「生きる」人間の姿を生々しく描いた映画なのだ。

 戦場は特別な場所じゃない。自分が生きている身近な社会に「シュタイナー伍長」や「シュトランスキー大尉」が潜んでいることは、誰もが認めるところだろう。しかし、戦場では人が死ぬ。圧倒的に、肉体としての人間が内蔵や「はらわた」を飛び散らせて死んでいく。その現実は、美しいとすらいえる戦闘シーンとして、見事に表現されている。

 それにしても、これほどまでに鳥肌の立つエンディング・ロールは観たことがない。音楽も素晴らしい。最後の一滴まで「はらわた」をじっくりと味わうべし。名作。

90点

Amazon Related Search

Leave a Comment

Please note: Comment moderation is enabled and may delay your comment. There is no need to resubmit your comment.