キリング・フィールド / ローランド・ジョフィ

 1984年のイギリス映画で、ニコニコ動画にもちゃんとある(再生数が少ない!もっとみんな観てくれ!)。事実にかなり忠実に作られていて、カンボジア大虐殺を世界に伝えるに当たってとても大事な役割を果たした作品。ぶっちゃけていえば、1.カンボジアに興味がある人は少ないだろう、2.カンボジアの歴史について書かれた本をわざわざ読もうとはしないだろう、3.せめてこの映画は観てください、ということになる。

 また、「カンボジアの歴史を伝える意義」という点をのぞいて、純粋に映画として評価しても、良く出来ている。これは名作でしょう。何よりもディト・プラン(昨日逝去してしまった…)役のハイン・S・ニョールの演技が素晴らしい。これほどまでに素晴らしい演技は滅多に観ることができない。彼は実際にポル・ポト政権下のカンボジアを生き抜いた医者で、この映画に出演するまで役者の経験は一切なかったのだが、過去の経歴を買われて主人公に抜擢された(その後アメリカの自宅前で殺されてしまった。なんという人生だろう…)。

 過去の胸の痛みをすべて吐き出すかのような、鬼気迫る演技だ。いやこれは演技ですらない。彼にとっては過去の追体験の意味が多分に含まれていたのだろう。(クメール・ルージュ役を見事にこなした少女の演技があまりにリアルだったので、撮影現場にて、彼は思わず「あいつは本物のクメール・ルージュだ!」と罵声を浴びせながら激怒してしまったという)。彼の演技に息苦しくなり、観ている途中、なんども再生を止めてしまった。

 ラストシーンの際にジョン・レノンの「imagine」が流れるのだが、この恥ずかしすぎるベタなチョイスに、全く疑問を感じず、涙をこぼしてしまった。そう、ひさびさに映画で泣いてしまったよ。もちろん、これは自分がカンボジアを旅した経験を持っているからかもしれないけれども。

 カンボジアの虐殺について、この映画から抜けている政治的な話については、次の引用部を読んで欲しい。この映画はカンボジアが経験した凄まじい殺戮を不十分にしか伝えていない。でも、それは仕方がないことだ。

 約八〇〇人の在日カンボジア人はほぼ例外なくこの映画を観たがり、現に少なくとも五〇人は観た。その半数余りは、家族の全部または一部を殺されたサハコー生活の体験者(難民)だ。彼らは私に、あれは本当にあったことです、ディト・ブランは私たちの分身です、と口々に語った。

 彼ら体験者は、サムディ医博と同様に、この映画がポ政権下の故国のすさまじい殺戮と文明破壊を、きわめて不十分にしか伝えていない、とつけ加える。せいぜい二〇~三〇%しか、と。私が多くの生存者から聞いたサハコー生活の実態は、確かに画面のそれの何倍もの恐怖と苦痛を感じさせる。もう一つ、この映画の欠陥をあげれば、それは赤色クメールとはそもそも何か、かくも異常な集団がなぜカンボジアに限って権力を握ったのかという、いわば背景説明が全く省かれていることだろう。そのために出来のいい反共エンターテインメントと受け取られる恐れがなきにしも非ずだし、ポ政権の出現を決定的に助けた巨大な外部要因が見失われることにもなる。巨大な外部要因とは中国共産党文革派だ。(参照

 NYT記者のシドニー・シャーバークは、1.怒りっぽい、2.独善的(傲慢)、3.でも正義という理念に燃えている、という特徴を持つ人物として描かれている。これってアメリカそのまんまだよね、と気がついた。シドニーとディト・プランの関係は、もしかしたら、アメリカとカンボジアの関係のメタファーになっているのかもしれない。そうであるならば、ラストシーンでのやりとり、

“Forgive me”とシドニー(アメリカ人)
“Nothing to forgive you, nothing”と笑って首を振るディト・プラン(カンボジア人)

を、どのように捉えたらよいのだろう。これは「甘い」描写だろうか?それとも「過去と決別して未来へ突き進んでいく人間の強さ」を示した描写だろうか?あなたはどんな感想を抱くのだろう?とにかく、自分は、泣いてしまった。

84点

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