3 月 29

  恋は突発的に訪れる。その恋が突発的に引き裂かれたとき、男はどう振る舞うのか。この映画は、徴兵や戦争が恋愛を圧倒的に引き裂く様を描く、数あまたある映画のひとつだ。恋愛は甘くもあり、痛くもある。日常の恋愛は、だいたいにおいて甘さが痛さに勝っている。だからこそ、ちまたでは恋愛信仰が激しく普及する。けれど、甘さと痛さは表裏。痛さは甘さの演出家である。「現代は、大恋愛が不可能になった時代だ」といった人がいた。現代は、自由な恋愛の時代。「つきあおっか?」のヒトコトが、空気のような軽さで宙に舞う。メールでだらだらと、軽妙な甘さがつながる。しかし、恋愛を切り裂くなにかを乗り越えてこそ、身も震えるような甘さが訪れるとすれば、少なくともショーであるべき映画には、「痛み」をあらわす装置が必要となる。恋人の事故、恋人の病気、恋人との身分差(ロミオとジュリエット)、恋人の徴兵―――。ところで、逆から考えることもできるだろう。つまり、恋愛という誰にでも身近な経験を用いることによって、社会に存在する痛みをよりリアルに描き出す、という方向だ。

  さて、この映画だ。主題は、恋愛というフィルターを通して描かれる、戦争(徴兵)の圧倒的暴力性なのか?それとも、戦争(徴兵)という道具を用いて描かれる、恋愛の痛さと甘さなのか?どうやら後者のようなのだが、この映画はそれほど面白く感じなかった。両方向からの描写を、絶妙なバランスで、しかも深くえぐり出した名作『恋々風塵』が頭から離れなかったからだ。これを観ることを強烈にオススメしたい。台湾の静かな穏やかな風景描写の中に浮かび上がる、愛した女に裏切られた男の痛みや狂気、そしてそのような狂気を強制した、もうひとつの狂気――戦争徴兵。『恋々風塵』ではこれらが見事に描かれている。戦争を利用した恋愛描写、恋愛を利用した戦争描写、どちらか一方に偏らない、ずっと中道を行くようなバランス感覚を保つということが、映画の生々しさ――リアルという感覚――に不可欠なのだろう。生々しい映画ほど、記憶に残るものもないのだから。 (’03 10/29)

69点