9 月 3

 この映画についてはあらためて語ることはないのだけれども、ニコニコに転がっているので、未見の人は必ず観た方が良いよというサジェスチョンまでに記事を起こしておく。以前書いたものを転用すれば、「男/女の境界線」および「西側世界/東側世界の境界線」を、ロックンロールの力で越境して、人間の存在そのものを「裸体」という場所で問う希有な作品、ということになる。そもそも、「映画ってあまり面白くないし好きじゃない…」と零すサブカルLoverな人に自分が満全の自信を持ってオススメできる映画(これを観せてダメだったらもうその人に映画を紹介するのは止めよう、という諦めがつく最終防衛ライン的な映画)は3本しかない。1.ロシュフォールの恋人たち。2.シェルブールの雨傘。そしてこの、3.Hedwig and the Angry Inch。これらはどれも、とにかくもう圧倒的にキャッチーで観る者をぐいぐい惹き込む強度を持っていながら、なおかつスルメのような七色の味わいを湛えた映画だ。これら三作に共通するのは、すべてミュージカル映画であるということ。映画において音楽が果たしている力を思い知るがいい。万人にあまねくオススメ!

95点

5 月 1

 1998年の作品。ニコニコ動画のリンク。もう本当にこの映画は素晴らしい!陰気な気分が鮮やかに吹っ飛んだ。ただ、クストリッツァ監督の映画は、観る前にあらかじめストーリーラインを頭に入れておかないと訳がわからなくなる場合が多いので、【ドナウ川のほとりで生活する(ジプシーである)マトゥコとザーレの親子。石油を買ったつもりがだまされて水をつかまされ、挽回とばかりに一攫千金を狙って列車強盗を企てる(親の)マトゥコだったが、さらにヘマを重ねたせいで、(息子の)ザーレは新興マフィア・ダダンの妹と結婚させられる羽目に…。(参照)】というあらすじを押えつつ…。陽気なマフィアのどたばたコメディ劇。

 この映画で描かれているのは、なんといっても生の躍動(エラン・ヴィタール)だ。弾け飛ぶような生の力が狂騒的にドタバタと踊り回っている様子を収めたフィルムなのだ。生の躍動の生々しさを演出するために、動物がふんだんに暴れ回っている。人間が生きていて、動物も生きている。生物は動く。動くからリズムが生まれる。リズムが生まれれば、あとは踊るしかない。黒猫と白猫が駆け回ることによって、人間の生と動物の生が、シームレスに踊りを奏でていくのだ。

 隠されたテーマとして、【父と子】、【母と娘】、【お金と愛】、【生の世界と死の世界】などなど…色々な物語が展開される。しかし、まったく重苦しい話ではない。「生とはなにか…」「愛とはなにか…」などなど、「深遠なる哲学」を大げさにご開陳するような映画では決してない。皆が酒を飲み音楽に合わせてダンスを奏でているうちに、人間か動物かを問わない「生の躍動」として、それらのテーマが軽やかにぐるぐると円を描いていくのだ。

 息子のザーレガが恋をしてしまった女性が、美しいのだけれども、とてもたくましい美しさである点にもグッときた。華奢な女性ではなく、骨がぶっとい、本当にたくましい美しさなのだ。ため息がでるくらいに美しい(たとえばロシアなども含め、スラブ圏の「強い」女性は実に魅力的ですよね)。心の底から祝福したくなるような、とっておきの映画。音楽も抜群。個人的に、クストリッツァ監督の映画で一番好きな作品なのです。

92点

4 月 30

 1977年の作品。ニコニコ動画のリンク。第2次世界大戦中の「マーケットガーデン作戦」(連合国軍vsドイツ軍)を扱ったもの。もうこれは文句なくいまだに戦争映画のトップ3に君臨する名作中の名作だと思う。観やすい、戦闘シーンで興奮できる、音楽が抜群に素敵、美しい絵の数々、そしてラストシーンが深く余韻を引く。

 おそらく、評価される戦争映画ってのは、得てして、以下の条件を備えている。

1.「国のために戦う」という大義名分を無条件に信じ込まない、シニカルで醒めた主人公が登場する
2.迫力がありリアリティーあふれる戦闘シーンが描かれている
3.<味方=善/敵=悪>という二分法ではなく、両者の人間性がきちんと描写されている
4.戦争のむなしさを暗示させるような台詞ないしやりとりでラストシーンが締めくくられる
5.芸術的(幾何学的)に美しいカメラの構図が散りばめられている

 この映画は上記の5条件を見事に満たしている。本当に質の高い映画なんだけれども、典型的な「良い戦争映画」に忠実すぎるので、若干、優等生臭く感じられるかもしれない(自分はそう感じた)。つまり、自分の予想の範囲を超えた現実の生々しさ(生の躍動)には欠けるものの、これ以上はありえないというほどの優等生的戦争映画なのです。そうそう、抜群の音楽、格好良すぎるラストシーン(エンディングロール)、幾何学的に美しい構図(とくに落下傘部隊が飛行機からパラシュートを広げながら地上に舞い降りていくシーンの美しさ;CGを使わず実録だからこそ表現できる空気感)にも注目してみてくださいね。

94点

3 月 29

 1977年の作品。これもニコニコ動画に転がっている。文句なしに大傑作の戦争映画といえるだろう。複雑な心情描写、リアリティのある戦闘シーン、そしてサム・ヘキンパーお得意の斬新な編集技術。3者が見事に協奏して映画を織り上げている。多くのハリウッド映画では決してなしえない、ドラマとアクションの奇跡的な両立。おそらく戦争映画史上3本の指に入るのではないか。

 注目したいのは、ラスト近辺のシーンだ。シュタイナー伍長(ジェームス・コバーン)は自分の小隊を裏切った兵士をひとまずぶち殺し、続いてシュトランスキー大尉も殺すかと思いきや、そうはしなかった。この絶妙なバランス感覚が、本作品を象徴している。もしシュタイナー伍長が裏切った兵士を殺害することを思いとどまったならば、「人命の尊さを訴えかける」という道徳心を慰撫する安っぽいハリウッド・ドラマ仕立てのエンディングになってしまっただろう。しかし同時に、もしシュタイナー伍長がシュトランスキー大尉を殺してしまったならば、「暴力が連鎖する救いのない現場としての戦争」というこれまた安っぽいエンディングになってしまったはずだ。

 暴力は時に連鎖するし、連鎖が途切れるときもある。裏切り者の下っ端の兵士がひとまずぶち殺されることによって人々はカタルシスを得る。続いて、暴力の連鎖が途切れた最後のシーンに、人々は胸を打たれ、「かっこいい」「名シーンだ」と感想を漏らす。しかし、サム・ヘキンパーは、笑い声を被せることによって人々の「感動」すらもあざ笑ってしまう。

 いかなる意味においても、戦場に「感動の物語」など存在しない。また同時に、「戦争はただ絶望的なものだ」というわけでもない。戦場すらひとつの「社会」なのだから、そこには、ときに暴力的でときに理性的な、気まぐれな人間の振るまいが存在するにすぎない。これは、美談と絶望の両者を抱えて「生きる」人間の姿を生々しく描いた映画なのだ。

 戦場は特別な場所じゃない。自分が生きている身近な社会に「シュタイナー伍長」や「シュトランスキー大尉」が潜んでいることは、誰もが認めるところだろう。しかし、戦場では人が死ぬ。圧倒的に、肉体としての人間が内蔵や「はらわた」を飛び散らせて死んでいく。その現実は、美しいとすらいえる戦闘シーンとして、見事に表現されている。

 それにしても、これほどまでに鳥肌の立つエンディング・ロールは観たことがない。音楽も素晴らしい。最後の一滴まで「はらわた」をじっくりと味わうべし。名作。

90点

3 月 29

 圧倒されてしまって言葉が出てこないので、再度観てレビューしようと思う。人物関係が錯綜していておおまかなあらすじすらきちんと追えなかった。それにしても、音楽が素晴らしいね。ジジェクのこの映画に対する解説はこちら。でも、ジジェク的ではない見方を紡ぎ上げなければならないと思う。

81点

3 月 29

 1966年。もうこれは文句のつけようがないミュージカル映画。よってコメントなし。ドヌーブも相変わらず凄まじく美しい。鑑賞後、史上最強にハッピーになる映画。これを観ないのはただの馬鹿、ってか勿体ない‥ ひとつだけ言うならば、冒頭で、みんなが踊っている広場をパンフォーカスしている状態から、徐々にマンションの一室へとカメラがズームインするシーン。痺れた。コテコテでベタなストーリーを、これだけ華麗に、かつ幸せ感充ち満ちて撮れるのはすごい。街角の踊りは、軽やかに出会って、離れて、異なる人と重なって、またどこかで出会うものだ。カメラワークが、その交差のさまを過剰なまでに表象している。人がたまたま交差して、別れて、またどこかで出会う。カメラは途切れることなく、軽やかに、まるでミュージカルのダンス・ステップのように、追う対象を切り替えてゆく。街角だからこそすれちがう、すれちがうからこそ高まる恋のドキドキと切なさ。ああ、幸せだ。

95点

3 月 29

 1970年。イタリアの巨匠、デ・シーカの想いが詰まった、語るのが馬鹿らしくなるほどの名作中の名作。戦後、ロシアでロケされた世界初の映画。究極の戦争映画にして、究極の恋愛映画。それにしても、デ・シーカの力量には驚かされる。焼夷弾が湖畔の静かな夜明け空を軽やかに舞う。なんと美しいことか、そして美しさが、どれだけの残酷さを刻みつけていることか。
 
 個人的に一番好きなシーンは、ソフィア・ローレンがマストロヤンニを探してロシアを電車で移動中に、ひまわり畑が揺れるシーン。あのカメラワークには鳥肌を通り越して胸が詰まりそうになった。デ・シーカの描く、リアリスティックかつ穏やかな諦念が滲み出た空間に、過去の――愛・諦め・切断・持続にまつわる――記憶が溶け出していくのを感じた。

97点

3 月 29

 ミュージカル映画。つまり、せりふはすべて歌。愛した彼が戦争に出かけ、待てど暮らせど還ってこない。登場するもう一人のイイ男。もはや交差しなくなった二人の道。彼はやがて還ってくる。が、それぞれがお互いを知らずに生きている。クリスマスも近い頃、ふたりは雪の中、ふたたび冷たい吐息を交わす――。 musicを担当するのはかのミシェル・ルグラン。って書くまでもなく超有名な作品ですが、なぜ今まで観なかったのかと悔やむほどのクオリティ。カトリック・ドヌーブの想像を絶する美しさに股間が立つのも忘れ、陽気さと哀愁がせめぎあう最高なルグラン・ミュージックに心躍らせていれば、画面にはなんとも鮮やかなTechnicolorの色遣い。とにかく観やすい。また、とにかく「面白い」。評論するのも馬鹿らしいほど、映画好きにも、ハリウッド映画しか観ない人にも、おすすめ。これを超えるミュージカル映画はあり得るのか?これを観て損したと感じるヤツがいるのか?

95点

3 月 29

 8人の監督が、それぞれ10分の映画を撮る。いわば時間を問う映画のオムニバス集。「10分」という時間に各監督がこだわっているので、表題となっている。過去も未来も存在しない。あるのは「過去の現在」「現在」「未来の現在」だけだ。「過去の現在」は記憶であり、「現在」は注意であり、「未来の現在」は期待である(フォルカー・シュレンドルフ)。圧巻はゴダールだ。映像美がまず素晴らしい。これほど想像力をかき立てる映像を誰が撮ることができるだろう。彼は闇と沈黙にこだわる。結局、時はそこに沈む他はない。沈黙と闇のみが永遠である。しかし、彼は同時にこうも宣言する。「記憶の終焉」という小作品で、ナチスの強制収容所の死体を扱った映像にかぶせて、「時効はない」、と。かつて若く明るかった空が宵に沈み、星たちの間に失われたものが顔をのぞかせる「今夜」、そこは永遠である。しかし「現在」に生きる我々に、せめて残された倫理といえば、「時効はない」ということなのだろう。 (’04 11/23)

90点